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戦争の定義というもの

「戦争」というのは実は、未だに正確な定義ができてない言葉であるという。実際、日本語の「戦争」にしても近代になって作られた言葉で、それ以前の抗争事態には使われてない。それ以前は「役」だとか、「乱」だとか「陣」だとか、様々な言葉で紛争を指し示していたわけである。 

 最初に「戦争」を定義したとされる『戦争論』を書いたクラウゼビッツは、「戦争とは他の手段による政治の継続である」というような事を書いた。簡単に言えば「戦争とは政治的手段の一つである」ということである。この場合の「戦争」は、あきらかに「国家対国家」をイメージしている。それはクラウゼビッツの頃の戦争が、まさに「国家対国家」の戦争だったことに由来している。 

 しかし戦争が以前から国家対国家の図式だったわけではない。この場合の国家とは「主権国家」をさしており、それが確立されるのは17世紀頃のことである。 
 この主権国家の確立に大きく寄与したのが「30年戦争」を始めとする宗教戦争である。この時代には戦争をしているのは様々な勢力であって、それは必ずしも「国家」ではない。 

 それは例えばドイツの諸侯たちなどの貴族や、ハプスブルグ家と言った巨大資産家、教会、都市国家などの形態も様々な諸勢力によって争われたのである。この様々な勢力図のなかから「国家」というものを浮かび上がらせることになったと言われてるのが、30年戦争の終結の際に締結された「ウェストファリア条約」である。 
 このときにスイス、ネーデルランドが「国家」として承認され、神聖ローマ帝国下の地方の幾つかの独立が認められ帝国は事実上瓦解し、「諸国家体制」の基盤となる体制ができあがった。これが「ウェストファリア体制」と言われるものである。 

 なんだって、こんな事を話してるのか、と思う人もいるだろう。ここで言っておきたいのは、このような「国家」が「主権国家」として承認されることで初めて、「戦争とは国家が行うものである」という図式が出来上がったことが重要だからである。 
 裏を返せばそれは、「戦争をする権利は主権国家にしかない」ということを意味する。つまり「国家対国家」ならばそれは「戦争」だが、そうでないものは「内乱」や「暴動」でしかないということである。だからフランス革命も「革命」であって、「戦争」ではない。 

 これは敷衍すれば「主権国家」をもたない者には、「戦争する権利」がない、ということを意味する。これで判るだろうが、当時のアフリカや東南アジア諸地域に「主権国家」などあるはずもない。彼らはそこで「戦争」する権利も与えられることなく支配されたということである。 
 ここには無論、「文明的な」主権国家と、「野蛮な」各地域という一種の優越意識、差別観が根底に内在している。植民地支配はヨーロッパ勢にとっては、「文明の洗礼」であり、その「恩恵」に土地の原住民も喜んでいる、と思っていたふしすらある。 
  
 ちなみに幕藩体制の日本も「主権国家」ではない。それは江戸幕府が中央勢力として支配的にふるまっているものの、基本的に各藩は自立した一個の政治体であり、場合によっては離反もあり得る(明治維新とはそういう現象であるという見方もできる)存在だからである。 
 その意味では日本も「戦争」をする権利を持たない地域の一つだったのであり、そこにヨーロッパ勢が「戦争」ではない武力鎮圧を通して植民地を支配を行っていた可能性は十分にあったのである。日本がいきなりの支配をされなかったのは、単なる運でしかない(文化水準が高いのに驚いたとか様々な要因もあるだろうが、ここではそれは除外視する)。 

 逆説的ではあるが日本は、「黒船」という外部がくることによって、「日本」という単位を発見することになったのだとも言える。つまり「外からの目」を通して、初めて自分達が一つの共同体とみなし得る視線を見出したということである。 
 そこで日本の当時の人々が急務としたのが、「日本」という主権国家・近代国家の様相をいち早く整備する、ということだったのである。明治の知識人は、つねにその急務の焦燥感に迫られていたといってもいい。 

 しかしヨーロッパでは宗教戦争がおこり主権国家が確立し、市民革命がおこり産業革命がやってくる。それは歴史の流れとして、13,4世紀ごろから順次段階的に、緩やかなスピードで起きた社会変化である。しかし明治の日本はそれを数十年で成し遂げようとした。 
 中国はなまじ大国だったがために、その変化に対応できなかった感がある。しかしある意味では日本はそれを成し遂げたがために、植民地支配を受ける側にはならなかった。 

 そしてその異常な速度に、西洋列強が日本という国を軽視できなかった源がある。と同時にまた、その性急な近代化に伴った様々なひずみが存在する。その変化がよいものばかりだったわけではなく、また悪いものばかりだったわけでもない。 
 我々の立ち位置を考える際、そこではその輸入された「近代社会」のもつ特性と、その「リードされた国際競争」に置かれていた固有の状況の双方を考えなければいけない。そしてそれは、現在の「日本」においても、続いている問題なのである。 
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