今日は、ちょっとお母さんの話をしたい。
私のお母さんはマジで優しかった。最期の最期まで、人に尽くそうと生きていた。だから、その死も潔いものだった。
すげぇ今思うと、全部捨ててでも、大切にしてあげれば良かったって思う。
いつかは亡くなるってことはドラマを見て知ってた。
でも、それが、中学生時代に急死するなんて思いもよらなかった。
けど、虫の知らせっていうものがあるように、私はどうも霊感に優れていたようで、母の死期を悟っていた。
まあ、そんなこともあって、人に対する労りとか人に優しくするとか人の役に立つためにいかに自分を変えるのかって考えてきた過去がある。
そのせいで、声が出なくなったこともあったし、心が押しつぶされて何度泣いたか分からない青春時代を過ごしたこともある。
なんか、みんな良いなあって思う。お母さんがいて、ご飯があって、洗濯してもらえて、話まで聞いてもらえる。自分でどうにかできないときは泣くしかなかった。子供のように。
そして、泣いてまたしんどい体を無理やり動かして、学校に行った。
最悪だよって何回思ったか分からないくらいいろんな出来事にあった。
だから、私は私を守る術が分からなかったし、どうして、みんなあんなふうに笑顔で生きていられるんだろうって不思議に思ったことがある。
生きてて良いことなんてあるもんか。
唯一の味方であるはずの母がいなくなったんだぞ。守ってくれた人がいなくなったんだぞ。どうして、そんなに笑っていられんだってどっかで人に対する羨ましさみたいなものはあった。
なくしてみて初めて分かるその気持ち。
しかも、厄介なのはお父さんだった。
家に帰っても、憩いがなかった。学校でも虚勢を張るしかなかったから、気が張り詰めた状態。
よく生きていたなって思う。
誰かに期待なんかしないし、誰かに期待してもその人が苦しんでいる姿が見える。だから、誰かに求めるなんてことしたくない。
見えるんだよ。だって、痛いのを知っているから。
分かるんだよ。伝わっているんだよ。だって、経験したもん。
どれだけの痛みがあれば、死んだ人をよみがえらせることができるのか。
本当、色んなことを考えたよ。足りなさ過ぎて、もうどうしようもないって思ったけど。
だから、せめて、どうか、自分を守ってくれた人のこと、ちゃんと思い出してあげてほしい。
この世になくなるものがないように、あなたがあなたである確かな証拠がきっとすぐそばにあるから。
あなたがいて、良かったはずの過去がきっとあるはずだから