予備校時代、おじいちゃん先生と呼ばれる人がいた。
私も兄と同じ予備校に行かせてもらって、兄と同じ環境を与えてもらった。
一番最初、緊張しながら、みんなが集められている教室へ行った。
そして、一人一人挨拶があって、この人たちから教えを請うんだ。
きっと賢くなれる。なんてどっかで思ってた。
一番、印象に残っているのは、そのおじいちゃん先生の話。
昔、私は数学ができませんでした。勉強が全然できなくて、どうしようかと悩んでいたとき、勉強のできる同級生の机から小学校で習うような内容の本が出てきました。私は、それなら分かると思って勉強をしました。そしたら、みるみるうちに成績が上がっていきました。分からない問題があったときは、その問題を紙にうつし、ポケットの中にしまって、ひたすら考えていました。
あるとき、その問題の意図が分かり、解けるようになりました。
その時、悩み抜いた結果が私を育てたんだと思いました。
そして、何年か経ち、同級生に会い、言われました。
お前が予備校の数学の先生になっているんだったら、俺にだってできると。
だから、皆さんも今落ちこぼれでダメだと思い込んでいるのなら、もったいないです。
僕のような人間でも解けるようになったんだから、決してあきらめないでください。
絶対解けるようになる日が来ます。
って言ったんだ。
その言葉を信じて、勉強したけど、忍耐力がなかった。集中力がなかった。
できる気がしないって思った。
もちろん、たくさん勉強はしたけど、できなかったんだよな。
ある人が言った。
試験の日は決められている。
じゃあ、そこに向かって何ができるのか。
頑張って合格した人
頑張らなくて合格した人
頑張ったけど合格しなかった人
頑張らなくて合格しなかった人
この四タイプに分かれる。
合格した人の中にも頑張った人とそうでない人がいる。
合格しなかった人の中にも頑張った人がいる。
問題なのは、頑張らなくて合格した人なんだ。
それを聞いたとき、全部、腑に落ちた。
頑張って当たり前なのに、頑張らなくて何が言えるのか?なんだよな。
なんか、上手に生きている人って、うまく自分のエネルギーの範囲で生きてる。
その範囲の中でどうやりくりするか考えている。
もちろんそういう生き方もありだと思う。
けど、私は、どっちかって言うと、下手くそでも間違っていても頑張っている奴を応援したくなる。
必死なんだ。ってそういう思いが好き。
負けたくらいで何、泣いて帰ってきたんだ?そいつ、ぶっ壊すくらい強くなってみろって言われてきた友達を知っている。その友達がげんに私よりすごくなっていることを知っている。昔は、全然弱かったのに、いつの間にか強くなってる。
そういうのが好きなんだよな。
あいつ、クズだ。って思っていた人が実は○○だった。っていうあの天と地がひっくり返ったような人の変わり身。
さっきまで、おまえみたいな!って言ってたのが、どうしたらよいですか?すいません、生意気言ってって言うあの態度。
兄がよく人からされる。
ルックスがいまいちでも、実は、彼は、会社の重役で、靴を買いに行って、さっきまで無視されていたのに、カードを見せただけで、頭を下げられて、しかも、店の外まで店員が頭を下げに来たって話をしてきた。
この話分かる。
私もそういう人間になりたいと思って、毎日暮らしているんだけど、いっつも逆。こいつならここまでやってくれるだろうって域には達しないから、人からどうしてお前、できねーんだよ!って言われるタイプ。
なんかやなんだよな。
過大評価されるの。
最初からクズだって言われてきたら、なんだよ、それ!って反発したくなるから、頑張るけど、どうせ、お前すごいんでしょ?って言われてたら張り合えない。
頑張れない。だって、なんか、そいつかわいそうじゃん。もう俺の負け決定ーってなんで、そんな風に言うんだよ。そんなの、やってみないと分かんねーだろ。ごちゃごちゃ言いやがって、やってから言えって兄ちゃんによく言われます。
お前な、お母さんが俺よりお前の方が伸びるって思ってんだぞって言われたときは、泣いた。
だって、兄ちゃんと話していると嘘をつけなくなるんだよ。全部やれって言われるし。
お前の考えた作戦がどこまで通用するかやれって。だって、もしそんなことやったら、私は私の思考を疑いたくなるし、本当にそうか?って思ってしまう。
自分で自分をクズだと認めることになってしまうから、できればそれはやりたくない。だって、他人が正しいだと思いたいから。
でも、そういう風に生きていたら、自分がなくなってしまって、どこに本当の自分があるのか分からなくなった。
人が言っていることが正しい、自分の言うことは間違いなんだって思ってやらなかったことたくさんある。
そしたら、小中はそれでうまくいってたけど、高校以降からはうまくいかなくなった。
だって、問うものがなかったから。
自分に対して、問うてもない人に何が答えられるんだ?何が分かるって言うんだって思ったから。
だから、自分を作ることにした。だって、誰かの人生を生きているわけじゃないから。自分で自分の未来を創っているから。
誰かのせいにしても始まらないんだよ。だって、それ、自分じゃない人を演じてきた自分に責任があるんだから。
っで、さて、どうしようかと悩んだ末、考え出したのは、自分以外の人が考えてきたことをなぞることだった。
うまくいくにはわけがある。そこを模倣していけば何か見つかるって思った。
本を読まないと人の思考なんて分からない。私は私だけの人生では足りなさすぎる。誰かに助けてもらわないと生きていけないし、誰かにこうだと思うよって言ってもらえないと気付けない。
きっとどっかに穴があいてて、大切な何かを見失ってしまっているような気がするから。
どの瞬間にどんなことを言えば良いのかすら分からない。
ただでも、こう考えている人もいるよ。こう思っている人もいるよ。そういう人たちの思いも気づいてあげてほしい。
こういう風に生きてきた人たちの軌跡が世の中にはたくさんある。
血を吐きそうになりながら、書いてきた文章。当たるかどうかも分からない。受け入れてもらえるかどうかも分からない。そういう言葉を紡いできた人たちのこころに触れてみるのも良いなって思う。
だから、本を読め。人の思考を盗め。人を知れ。そして、自分を知る。これからどうすればよいのか、これからどう生きていけばよいのかきっと見えるから。
幸せになりたいならその対価がいる。その代償としてあなたは何を払えますか?ありがたさと引き換えに何を我慢しますか?そして、崩壊していくと分かっていても何を積み上げていきたいですか?
自分の人生はやっぱり、自分にしか作られない。誰かに邪魔をされようとそれでもそんな思いに負けない自分を作るのが、個性を生かす生き方だと思う。
どうか、自分を大切にしてあげてください。そうすれば、誰かを大切にできるから。