数日前から調子が悪い。
思考は鈍るし何言っているのかわからないときがある。
でも、今日ちょっと嬉しいと思えたことがある。
それは、結構難しいと言われている人から、いなくなっては困るっていうセリフをいただいたこと。
私はその人のことを難しいと思ったことはあんまりなくて、筋が通っている人だから、そうだよなって思えることの方が多い。
だから、私がちゃらんぽらんになってもその人の言うことをきちんと聞いていればなんとかなる。
それで、逆に苦手な人ってどんな人かと考えてみたら、理路整然としない人。
自分を擁護するだけ擁護して、他人の気持ちを踏みにじる人の言うことだけは、信じられない。
何言ってんの?はあ?ってなる。
だから、世間一般でDQNと呼ばれている人たちは嫌いだ。
人をバカにして、人を見下して、自分はひとのために何もしない、そういう人たちが嫌い。
見た目ばっかりこだわって、自分のことを棚に上げて、やってもらうことばっかり考える。
ムカつくんだよ。
じゃあ、てめぇがやれよ。ってなる。
普段から自分のことをちゃんとやっている人に言われるのならまだしも、あれもできていない、これもできていないと、子供のように喚く人がやっぱり嫌いなんだ。
ちゃんとてめぇをしつけてから言え。
ものを言うには、それなりにやってからじゃないとやっぱり言えないと思う。
じゃないと、我慢して頑張ってる人がバカみたい。
結果がどうとか関係なくて、その過程があるから、その人を信用できる。
実力っていうのは、そういう過程の中でしか作られない。
だから、病気もするし、ケガもする。
ボロボロにだってなるし、助けてって言いたくなる。
でも、その過程があるからこそ、出せる力があるんだと思う。
本当に問題なのは、頑張らなくて出た結果があるとき。頑張って出た結果なら良い。それは頑張ったからって言えるから。でも、何もせずに出た結果があるときは、どこでどういう風になんでそうなったのか説明できないから、未来に繋がることはない。
だから、できそうもないことをやれって言うんだ。
誰も最初から上手やったわけではない。
やっていく中で作られて行くものだから、決して、臆病にならないでほしい。その日一日頑張ってみて無理でも、何日も続けて行けばかたちになるから。
どこで終わりが来るかなんて誰もわからないのだから、ちゃんと言うべきときに言っておいた方が良い。
言えば良かったって後悔しないように。
やれば良かったって思わないように。
今日を一生懸命生きてみろ。
でなければ、ずっと同じ未来を繰り返すことになるんだから、言い訳なんてすんじゃねーよ。